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猫と鳥南蛮

心をざわつかせられるような、そんな小説を書いていきたいです。

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デイスイート (単発) (1)


虫、飼う。 (単発) (1)

yeah!yeah!yeah!(単発) (1)

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bloodthirsty butchers _ JACK NICOLSON _ novelize(連載中) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)

デッドコピー・シンドローム(完結) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

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  1. 2030/01/01(火) 00:00:00|
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あいにいく(7)

 ※

 彼に会えた。ようやく彼と出会えた。
 家を出てから今まで、何だかやたらと長かったような気がする。普段ならあっという間に感じる筈の距離なのに、歩きながら様々なことを考え過ぎていたからか、何だか時間軸がずれてしまったかのように長かった。
 ようやく会えた彼は、笑っていた。とびきりの笑顔で私を出迎えてくれた。
 私達はクラスメイトで、一日の大半を同じ教室で過ごしていて、かなりの時間を共有してきた筈なのに、彼のこんな無垢な笑顔を見るのは初めてだった。
「遅くなって、ごめんね」
 謝る私に、彼は何も答えなかった。相変わらず無垢な笑みを浮かべるばかりだった。当然だ。私が話しかけているのは、彼の写真なのだから。
 祭壇に飾られた写真。黒いフレームに縁取られた写真。つまりは、遺影。ここは、今から通夜が行われる葬儀場。
 彼の肉体は今、綺麗な花々で飾られた祭壇の下に置かれている棺の中に収められている。彼の魂が今、何処に在るのかは分からない。少なくとも、あの遺影の中にはいないように私には思われる。それでも、彼の生き生きとした写真があるから、つい私は話しかけてしまう。
「ようやく会えたね」
 と、会話ではなく、独り言を呟いてしまう。多分それは、本能みたいなものだ、と私は思う。
 彼は死んだ。死んでしまった。呆気なく、息絶えてしまった。右足の骨が、くっつく前に。私が本を、渡す前に。
 交通事故。急に飛び出してきた子供達を避けた車がハンドル操作を誤り彼の方に突っ込んできた。即死だった。私はそのことを学校の朝礼で聞かされた。勿論、驚いたし、悲しかった。だけど、泣き崩れる人や嗚咽を漏らす人達がいる中で、涙を流さなかった私は、もしかしたら、冷たい人間なのかもしれないなと、自分で思った。
 私と彼は、恋人関係ではなかった。友人関係でもなかった。ただのクラスメイトだった。二、三の言葉を交わし、一つの約束を交わしただけだった。だから私の瞼からは涙がこぼれなかったのかな。
 私は事故の様子を詳しく聞こうとは思わなかった。例えば車に撥ねられた時に、彼が瞬間的に宙を舞ったのか、崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだのか、とか、例えば彼は何処へ向かう道中で命を絶たれたのかとか、そんなことを知ろうとは思わなかった。出歯亀をするのは嫌だったし、さして親しくもなかった私に死後だからといって色々詮索されるのは決して喜びはしないだろうと思ったからだ。
 だから私は、客観的事実として在る、彼が事故に合い死んでしまった、という情報だけをもって今日の葬儀に参加していた。
 葬儀は滞りなく進む。夭折した彼を偲び沈痛な面持ちの参列者や、涙を通り過ぎ憔悴し切った親族達を置き去りにして式は進行する。制服を着込んでいる私もクラスメイト達も、ただそれを茫洋として見送るしかなかった。
 そしてお別れの時が来る。
 参列者達は席を立ち、棺に納められた彼に最後の挨拶をするよう司会者に促される。前の席に座る人達から順に、最後の時を迎えている。
 やがて私の順番がくる。周りに座っていたクラスメイト達と共に前に進む。恭しく立っている葬儀社の人から真っ白な菊を一輪受け取った私は棺の横へと促される。一足先に彼と最後の対面を果たしたクラスメイト達の啜り泣く声が館内に静かに響いている。男子も女子も泣いている。誰もが彼の死を悲しんでいる。そこへ、私も足を踏み入れる。開かれている棺の中を、取り囲むクラスメイト達の間を縫って、覗き込むように見る。
 彼が、いた。
 当たり前だけれど、そこには、彼が、いた。
 遺影ではなく、記憶の中のものでもなく、本当の、今現在の彼がいた。この彼に会う為に、私は今日、様々なことを思い巡らせながら、ここに来たんだ。そして、会った。彼に、会った。ようやく、会えたんだ。
 彼の顔は至って普通だった。教室で会っていた時と同じ、「面白い本ないか?」と尋ねてきた時と変わらない、そのままの彼だった。色味は微かに薄いようにも思うけれど、何処も欠損していない私の知る彼の顔だった。
 私はホッとした。と同時に、それ故に現実感が遠のくような感じがした。何時もと変わらぬ彼が死んだ、と言われても、それは即座に受け入れ難かった。意識がふっと薄らぐような気がした。両足が踏みしめている地面の平衡が揺らぐ感じがした。私がたった今在る世界が果たして現実なのか、怪しく思えた。彼の遺体を見て、私は、そう思った。
 私は彼の死に直面しても、遺体と対面しても、自分の感情に振り回されるばかりだった。
 自分の事しか考えないんだな、私って。こんな時でも。何だかね。本当に、何だかねぇ。
 私は棺のすぐ横に着き、彼の顔の傍らに菊をそっと置いた。そしてスカートのポケットに手を伸ばす。すぐに指先が文庫本に触れる。私はこの本を、彼に渡そうと思って持って来た。彼の為に選んだ本。彼の為に持ってきた本。生きている内に手渡す事は出来なかったけれど、せめて、彼に贈ろうと思って持ってきた。棺に入れて一緒に燃えてしまえば、もしかしたら、彼が読むことが出来るかもしれない。そう思って持ってきた。そして、今がまさに、彼に本を渡すことの出来る、最初で最後のチャンスだった。
 私は指先でポケットの中の本を掴む。手が汗ばんでいるのが分かる。本を持ち上げる。意識して呼吸をしなければ酸素を取り入れる事が出来そうにない。もう少しで本がポケットから出てくる。
 その時だった。
 私の横から腕が伸びてきて、棺の中に何かをそっと置いた。
 それは、寄せ書きだった。
 私はそれを入れた主を見る。私の、彼の、クラスメイトの女の子だった。微かな記憶を手繰ると、彼女はよく彼と談笑していたように思う。私は見るともなく寄せ書きに視線を落とす。そこには約二十名程の寄せ書きが書かれている。私の知らない名前が沢山ある。クラスメイト以外の名前も沢山ある。色紙の端っこには『友人一同より』と記されていた。学年や、クラスや、部活や、性別等関係なく、彼との親交が深かった人物を選りすぐって作られたのであろうその寄せ書き。当然だか、そこに私の名前はない。つまり私は、彼の友人ではない、ということだ。寄せ書きの発起人がわざわざ意地悪で私をのけ者にする筈もなく、客観的にも主観的にも、私は、彼の友人ですらないのだ。
 その瞬間、私は我に返ったような気がした。希薄だった現実感が即座に戻ってきた。私は掴んでいた本を離した。私が彼に本を渡すなんて、彼にも、本当の友人達にも迷惑な行為なんじゃないか。そう思えた。たった一度の会話で舞い上がった挙句に葬式に本まで持ってくる。私は急に自分が恥ずかしく思えてきた。きっと彼だって、あの会話なんて覚えていなかっただろう。友人が二十人以上もいる彼にとってあの会話は何でもない、記憶にすら残らないもので、それを友人が極めて少ない私が真に受けて一人で右往左往していただけ。この話のオチは、きっとそんなもんなんだろうな。私は目を伏せる。彼にそっと一礼をする。口の中で小さく「ごめんね、バイバイ」と呟く。棺を離れ、自分の席に戻る。相変わらず館内には数多くの啜り泣きが響いていた。私は小さく息を吐き出した。
 それからの私はだだ淡々と、粛々と進行される式を見届けていた。最後に棺を乗せた車を見送って式が終わった。あちらこちらで同級生達が輪になって話しているのを横目に私は自分の気配を消してすぐに葬儀場から姿を消した。きっと、私が早々に岐路に着いたことに気が付いた人は一人もいないだろう。それどころか、私が参列していたことを記憶している人物がいるかどうかすら怪しいけれど。

 帰路の私は河原を歩いていた。夕方に差し掛かった今、沈みかけている夕陽が放つ橙色を川面が反射してキラキラと光っていた。その横を制服の私は歩く。事情を知らない第三者から見れば私はただの下校途中の女子高校生としか認識されなくて、最初で最後のプレゼントを渡すことを諦めたしょうもない性根の持ち主には見えない筈だ。他人から見れば私はただの女子高生Aでしかない。橙色で染まった世界の中を伏し目がちに歩いている女子高生。それ以上にもそれ以下にもなり得ない。当然のことなのだけれど。
 だからきっと、他人に私の気持ちは分からない。私の気持ちを知り得るのは私しか存在しない。私がたった今、重たい気持ちを引きずりながら歩いているのを気が付く人なんて一人も存在しない。だから今のこの気持には私自身が向き合う他ないのだ。だから私は、思考を巡らせてみるんだ。それしか方法がないのだから。
 彼が私をどう思っていたのか、どのように認識していたのか、それは彼が亡くなった今、知る術は全くない。では、私が彼をどう思っていたのか。実はそれも、今の私には知る術を持たない。結局、整理がつかないのだ、彼に対しての思いが。
 だけど、と私は思う。夕焼けの河原を歩きながらフッと息を吐き出して思う。結局これも、日常なのだな、と。
 例えば恋人や親友が事故死してしまうのは如何にも劇的で小説のネタにでもなりそうな話だけれど、実際として、私の主観として起こったのは、ただのクラスメイトの事故死、というものに他ならない。残念だけれど、客観的に分析してみれば、私と彼とはただのクラスメイトでしかない。ただのクラスメイトの死なんて、日常とまでは言わないけれど、それ程特異なものでもない。特別でもなんでもない。だから結局、私は、同じ言葉に行き着いてしまう。
『事実は小説より奇なり』そんな言葉、嘘っぱちだ、って。
 今回の一連の出来事は小説になんて成り得ないし、仮になったとしても、私は主役でもなんでもなくて、ただのモブでしかない。主役は、彼であり、彼の周辺の人々だ。今回の一件だって、私にとっては、小説を現実が乗り越える要素には成り得なかった。それは、正直な私の感想だ。
 私はスカートのポケットから文庫本を取り出した。彼に渡そうと思って持ってきた本。彼に渡せなかった本。私には渡す資格なんて初めからなかった本。私はそいつの表紙を立ち止まってじっと見詰める。夕暮れが全てを橙に染めている。すぐ横の川面がキラキラと光っている。ゆったりと川が一定の速度で流れている。
 刹那の間。
 そして私は、大きく振りかぶってその本をぶん投げた。もう必要のなくなった、何にも使い道のなくなった本を捨ててしまおうと思った。
 本当は川に投げ捨ててしまおうと思ったのだけれど、普段運動なんてしない私は物を投げるコツが分からなくて、投げている最中にすっぽ抜けてしまった本は怠惰にゆっくりと弧を描いて、川面には届かずにその手前にパサリと落ちた。野良犬がいた。茶色の毛が、日に焼けて赤茶けている中型犬。そいつは本が地面に落下すると同時に走り寄り、限りなく鼻を近付けてクンクンと臭いを嗅いだ。そして、本を、食い出した。右の前足で本をしっかりと押さえ、端を噛んで引っ張って食い千切ってモグモグと咀嚼をした。咥えて、噛んで、飲み込む。それを繰り返す。あっという間に本は全て犬の胃の中に収まった。私が持っていた本は、彼に渡そうと思った本は、たった今、この世界から消え失せて、犬の体内へと吸収されてしまった。私は笑った。それは紛うことなき苦笑いだった。空腹を満たした犬はさっさと歩き出し何処かへ姿を消した。しょうがないので私も歩き出す。再び帰路を進む。苦笑いを浮かべたまま、トボトボと歩く私は思う。
 ああ、やっぱり『事実は小説より奇なり』そんな言葉、嘘っぱちだ。私は達観した気になって、またそう思ってみた。嫌でも目に入る夕焼けが、やけに滲んで見えた。私はただ、家に帰る。その為にのみ、今、歩いている。



〈了〉




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  1. 2015/01/13(火) 00:18:41|
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あいにいく(6)

 ※

 私は歩く。彼に会いに行く為に。
 後ろの方から、子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。段々と、その声が近付いてくる。まだ小学生にも満たないような男の子達が五人、サッカーボールを蹴り合いながら、歩いている私の横を颯爽と走り抜けていった。私は歩いたまま、遠ざかる彼らの背中を見つめた。子供達の後ろ姿と楽しそうな声は、あっと言う間に小さくなって、すぐに見えなくなった。私は小さく息を吐き、二度三度僅かに首を横に振った。見上げれば、相変わらず青い空が広がっている。さあ、歩を進めよう。もうすぐ、彼に会える筈だから。

 ※

 俺は歩く。彼女に会いに行く為に。
 どこか遠くの方から、子供達が騒ぐ声が聞こえる。俺は足を止めて、声のする方に目を凝らす。前方から五人、幼い男子の五人組がサッカーボールを蹴りながら、こちらに走ってきていた。俺は何となく足を止めて、太陽を背にしながら近付いてくる彼らを目を細めながら見た。逆光のせいで彼ら一人一人の顔はうまく見えないが、彼らの発する声のトーンと、弾む足音とボールを蹴り合う音のリズムで、彼らは心底楽しんで仲間とサッカー遊びを繰り広げていることが分かる。この推測は、間違いなく、俺の経験則によって導き出されたものだ。俺にもあんな頃があった。仲間がいて、ボールがあって、ただ蹴り合うだけで楽しくて、それだけで満たされていた。ポジション争いもなく、敵味方もなく、ゴールマウスすらなく、したがってシュートもゴールもなく、馬鹿みたいに思い切りボールを蹴るだけだった。それが楽しかった。本っ当に楽しかったんだ。もしこの足が完全に治ったとして、彼らのように再び心底サッカーを楽しめるようになるだろうか。
 俺は立ち止まる。爪先をじっと見詰める、真っ白だったギプスが、少し汚れて茶色がかってきている。俺はただじっと爪先を見る。その横を、サッカーボールを蹴る子供達が笑い声と共に擦れ違って行った。俺はようやく顔を上げる。後ろから一段と大きな声が上がった。
 さあ、そろそろ俺も歩き出そう。彼らに負けないように前に進もう。その為の助力をくれるかもしれない彼女に会いに行こう。歩こう。歩き出そう。何があっても、何もなくても、結局、前に進むしかないのだから。歩こう。歩き出そう。彼女に会いに行こう。もうすぐ、きっと彼女に会える。
 そう思った。まさに、その瞬間だった。





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  1. 2015/01/11(日) 23:30:10|
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あいにいく(5)

 ※

 俺は歩いている。繋がったばかりの骨を軋ませながら、繋がらない彼女との距離を縮めるために。
 ギプスでガチガチに固められた右足を、松葉杖をどうにか操りながら少しずつ歩みを進めている。その理由なんて、一つしか有り得ない。それは、やはり、彼女に会いに行く為だ。
 この二本の松葉枝を思い通りに使えるようになるのと、俺がきちんと二本の足で何の不自由もなくボールを蹴られるようになるのと、果たしてどちらが先なんだろうか、なんて詮無いことを考えながら、俺は俺の町を、彼女の町を、確かに歩いて行く。
 俺が会いに行っていることを彼女は知らない。というよりも、俺は知らせる術を持っていない。彼女のケータイの電話番号も知らないし、メルアドだって知らない。俺と彼女を繋ぐ線の上に書かれる関係性は『クラスメイト』でしかなく、それ以上も以下もない。ほんの少し詳細に記したとしても、『クラスメイト』の頭に『疎遠な』というむしろ現実的で残酷的な修辞句が添えられるだけだ。俺はそんな関係性の相手に電話番号やメルアドを尋ねるだけの社交性と図々しさは、残念ながら持ち合わせてはいなかった。或いは、クラスの誰かから彼女の電話番号及びメルアドを聞き出す方法もあったけれど、やはりそれは気恥かしさから実行に移すことは出来なかった。
だから結局、何のアポイントメントも取れぬまま、クラスに配布された住所録だけを頼りに俺は彼女に会いに行っている。
 ふと、俺は足を止める。
 慣れない松葉杖を使って歩くのに疲れたせいもある。俺の息が僅かに上がっているのも事実だし、真夏の熱気にやられて顔が蒸気しているのも本当だ。だから単純に肉体が休息を欲したのも、決して嘘ではない。嘘ではないけれど――。
 ふう、と俺は空を見上げて息を一つだけ吐き出す。真っ青な晴天に目を細める。自分に言い聞かせるように首を二度三度と振る。
 脳裏をよぎる疑問。
 どれだけ息を深く吸ったって、何度首を振ったって、そいつらは消えてくれない。むしろ、その存在を色濃くするばかりだ。疑問、疑心、不安。名称は何だっていいけれど、そいつらが俺の中に住み着いている。居場所は分かっている。折れた右足首の骨と骨との隙間だ。骨がぱっくりと折れ開かれた間隙を縫って奴らは根城を張ったんだ。何故なら、俺はあの日のあの瞬間より以前に、そんな感情は全くもって持ち合わせていなかった。だから、あの時、俺の肉体も精神も弱ってしまったその一瞬に寄生したんだ。そうとしか、考えられない。
 俺には、存在する価値があるのだろうか。たった今、ここに、俺が、何故、存在しているのか。何故息をするのか、何故飯を食うのか、何故生きているのか。
 骨を折る前ならばそいつらは全て『サッカーの為に』と答えられた。だけれど今の俺にはサッカーがない。存在する価値が、ない。
 もしかしたら、骨が折れたくらいで、と叱られるかもしれない。
 もしかしたら、まだ若いんだから、と諭されるかもしれない。
 それは多分正解で、どうしようもなく正論で、だから俺は途方に暮れてしまう。
 届かない。識者の、大人の、俺の悩みに対する取り敢えずの回答に頷くことが出来ない。
 俺は今、たった今、自分自身に価値を見出すことが出来ない。それ以上でも以下でもない問いに正答を用いることが出来ない。だから、悩んでいるんだよ。
 実際問題として、彼女と会ったからといって、俺の悩みがどうにかなる訳でもない。というより、そもそも俺は彼女に悩みを打ち明ける気なんてさらさらない。たった一言二言言葉を交わしただけのクラスメイトに訳の分からない悩みを聞かされたって困惑するしかない。本当は、こうやって会いに行くことだってただの迷惑でしかない筈だ。そんなことは、十分すぎる程分かっている。だけど、それでも、俺は彼女に会いたかった。もし、あの日俺が尋ねた「面白い本ないか?」という問いに彼女が答えを用意出来ていたなら、それを一刻も早く聞きたかった。図々しいけれど、もしその本を彼女が持っていて、許してくれるなら、その場で借りよう。彼女が用意してくれた本、それがどんな内容なのかは想像もつかないけれど、どんな内容であっても、今の俺に巣食う悩みを晴らす糧になってくれる筈だ。
 俺は今、光を求めている。光が、彼女の用意してくれる本だと信じ切っている。もし彼女が、俺の問いのことなんて綺麗さっぱり忘れていたなら、その場は適当に笑って誤魔化そう。彼女には何の罪もない。ただの俺の思い込みなのだから。俺自身の光は、俺自身だけで捜そう。
 彼女に会いに行こう。俺が今後どうするべきか、その答えを探る為にも。





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  1. 2015/01/09(金) 21:44:30|
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あいにいく(4)

 ※

 私は、相も変わらず、彼に会う為に歩を進めている。夏の終わり、死期を見極めることの出来なかった蝉の残党が発する自覚無き断末魔を日常の一部分として特に気に留めることすらもなく聞き流しながら私は歩いている。
 私は、私が読む本に対して、特にこだわりがあるわけではない。突拍子もないトリックを用いた推理小説だって楽しいし、史実のみで綴られた歴史を啓蒙する本だって興味深く読み進める。どんなジャンルだって構わない。如何なる方向性だって気にはしない。私が本の優劣を決定する判断基準は一つしかない。たった一つ。
 その本が、私の存在する現実世界よりも面白いか否か。ただ、それだけ。
この世界よりも面白い本ならば、私は心の底から胸をときめかせて目を輝かせるし、この現実よりも劣る本ならばまっさらで真っ白な紙切れよりも価値がないと判断する。それはもう、機械的とでも呼んでいい程に正確に判断を下すことが出来る。何故ならばそれは、私にとってその本が死ぬべきか生きるべきかを分かつ唯一の基準であるし、私がその本を読破するに要した時間が生きていたか死んでいたかを決めるたった一つだけの基準なのだから、それを間違う筈がないし、間違う訳にはいかないのだ。
 だから、というべきか、だけど、というべきか、私は悔いている。あの日、彼が私に話しかけてきた瞬間、何か面白い本がないかと尋ねられた刹那、私は何も答えることが出来なかった。鉤括弧を用いることが出来なかった。それは私にとって痛恨の出来事であった。何故ならば、私は、その瞬間を、何時だって待ち望んでいたのだから。
 私は積極的に他人と接するタイプではない。厭世的だとか排他的だとか、そこまで極端ではないつもりだけれど、本の中に登場するキャラクターよりも面白い言動をする人物なんて当然の如く皆無だったから、現実世界で息をしている彼ら彼女らに対して私は触れ合う理由も存在価値も見出せなかった。だから、私は、現実に存在する他人よりも、紙に印刷された架空の、虚構の他人と触れ合うことを優先していた。本を読んでいた。話すよりも触れ合うよりも、ただただ読んでいた。
 そんな私だったけれど、実は、心の奥底では、待っていたんだ。
 お前の薦める本は何だ? お前が最も感情移入する、お前が真実に住まう世界はどの本の中に在るんだ?
 そう尋ねられるのを、何時だって、どの瞬間だって待っていた。
 それはまさに、私と同じく思春期の真只中を生きる少女が白馬に乗った王子の登場を真剣に待ち焦がれるのと寸分違わぬ心持ちで心待ちにしていた。
 だけど、だからこそ、私は心の中の端っこで、そんな日は訪れないだろうと醒めた自分をも飼っていた。私が、私の夢想の中で設えるような人物の登場。そんな展開が、現実に起こり得る筈がない。寓話が寓話であるように、寓話が実話ではないように、私にとって都合の良いように現実が廻る筈がない。
 切望に満ちた胸の隅っこで諦念を飼っていた。だから、私は油断をしていたのだ。
「なあ、面白い本ないか?」
 という一秒にも満たない問い。待ち焦がれていた乞い。千載一遇の時。その瞬間に生まれてしまった私の隙。コンマ一秒にも満たない合間に私はどんな言葉も用いることが出来なかった。それは痛恨だった。悔恨だった。後悔の塊だった。
 ど真ん中のストレートのみをフルスイングしようとしていたのに、正にその球が来た瞬間に虚をつかれ見逃してしまったように、私はあたかも唖のように何にも言うことが出来なかった。
 悲しかった。残念だった。みっともなかった。
 だから、私は、彼に会いに行こうと思った。
 あの日の後悔を少しでも打ち消す為に、そして、彼の要望に今更ながらでも応える為に、彼に会いに行こうと思ったんだ。
私は、スカートのポケットの所に彼へ贈る文庫本を入れ込んでいる。滲む汗が染みて本がふやけないか心配だけれど、他に都合のいい所が思い付かないので、私は仕方なく文庫本をそこに入れて歩いている。
 私の身体に限りなく密着している一冊の本、それを私が今まで触れ合ってきた数多の本の中から選び出すのは本当に困難を極めた。
 私は今まで沢山の本を読んで来た。だけれどそれは、誰かの為ではなく、私自身の為にのみ読んで来たものだ。極端な物言いになってしまうし、誰か、私以外の、全人類が聞いたなら失笑を禁じ得ないのかもしれないけれど、私は私の為に、この糞ったれな日常をどうにか生き延びる為だけに読書を嗜んでいのだ。そんな私が、私以外の誰かの為に一冊の本を選ぶ。その時の私は多分、とても実直だったと思う。この上なく素直だったと思う。それほどまでに真剣だったと思う。その瞬間の私はまるで、高鳴る鼓動と一直線な双眸はまるで――。十代の後半に差し掛かっている女子である私が抱くには余りにも有り触れた感情、それはきっと――。
 いや、ここで、あの比喩を用いるのはよそう。だって、それは、この上ない程に不毛な行為なのだから。
 ともかく、私は今まで触れ合ってきた、数多の本の中から、私の生きる糧の中から、ただの一冊を、たったの一冊を、どうにか選び出したのだ。そして、それを携えて、歩いている。何故かと言えば、その理由は一つしかない。
 私が歩を進める理由。それは一つだけ。それは、彼に、会いに行く為。ただ、それだけなんだ。





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Author:仲原圭人
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『小説家になろう』と重複投稿しています。
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